カテゴリ:先生( 9 )

 

あの人は今

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『東京都北区赤羽』の主人公といってもいい、この人。
居酒屋“ちから”のマスター。

よく読者の方から「“ちから”の場所を教えて欲しい」との質問を頂きますが、
残念ながらもう“ちから”はこの世に存在しません。
お潰れになられてしまったのです。

ではマスターは今、何をしてるのか?


















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入院しています。

病名は末期の「馬鹿」で、医者も手術の施しようが無いと、諦めています。
今はただ、死を待つだけの日々を静かに送っています。

・・というのは冗談で、内臓の病気で入退院と手術を繰り返す日々を送っております。
まあ、すぐ死ぬような病状でもなさそうだし、
マスターは不死身なのであまり心配していませんが。

写真をご覧頂ければ分かると思いますが、大丈夫です。
大丈夫じゃないけど、大丈夫です。

昔のマスターと大きく変わったことといえば、
服用している薬の副作用で、体内の女性ホルモンが活性化され、
髪が生えてきたことだろうか。ハゲが嘘みたいに治ったのだ。

あと、胸も膨らみだし、性格も女性化し、
「清野さんになら尻の穴を貸しますよ」的な不気味なことを
よく言ってくるようになった。





























全然大丈夫じゃないけど、大丈夫なのです。
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by kurukurupaaaa | 2010-01-13 16:55 | 先生  

地獄保育園⑤

長かった保育園生活に、ようやく終焉の時が訪れた。
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上の写真は卒園式の時に、おどろおどろしい思い出の沢山詰まった中庭で
保母さんと撮影したものである。
(保育園内で撮った写真で残っているのは、これ1枚だけ)

朝礼の時いつも園長に泣かされてた保母さん。
消火訓練の時、身を挺して皆を守ってくれた、勇気ある保母さん。
優しく、そして美しかった貴女の事を、僕は生涯忘れない。



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保母さんとお別れするのは切なかったけれど、
それ以上に園長の魔の手から解放される事が嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
副園長とオサラバできる事が楽しくて楽しくて楽しくて。
卒園式を終えて家に帰る時は、ルンルン気分でスキップをしたものである。





そしてそれから数年後。

俺が中学に入学したのと同時期に、保育園は潰れた。
園長と副園長の常軌を逸した行動が表沙汰になり、
保護者達から詰め寄られ、大問題になった挙句の閉園だった様だ(遅せーよ)。


そして俺の記憶から、園長や副園長、保育園での全ての記憶が徐々に薄れていった。
いや・・薄れていったというか、あまりの恐ろしい記憶に自ら無意識のうちに薄めたのだ。
心の水で。

過去のトラウマに縛られたままでは、楽しい中学生ライフは送れない。



さらに時は流れ、中学3年生。
園長?誰ですかそれ。副園長?存じ上げませんねえ。

保育園の事など一切思い出す事のない、平和な日々を送っていた。

ある日の放課後、友人と二人で下校していた時の事だ。

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園長だった。

背中を丸め、ブツブツと一人言を呟きながら歩く姿に
かつての恐ろしい面影は無かった。
園長は、ただの老婆になっていたのだ。


擦れ違うまでの一瞬の間に、過去に園内で行われた数々の酷い仕打ちが鮮明に蘇ってきた。
園児だった当時、「大人になったら絶対復讐してやる・・・」と、何度殺意を抱いたものか・・・。

そしてまさに大人になった今、目の前に園長が存在している。
さあ、どうしてくれようか。





















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どうすることもできなかったし、する気も起きなかった。

なぜなら園長は、単なるお婆ちゃんになってしまったからだ。
昔のままの園長だったら、汚い言葉の一つでも浴びせてやったのに。

この時、妙な寂しさを覚えた記憶がある。
その意味は、今となってもよくわからないが。




それから間もなくして、園長が死んだという情報を耳にする。

情報提供者は、同じ保育園出身のマミちゃんという女の子。
マミちゃんのお母さんが、園長の葬式に顔を出したらしいのだ。(興味本位で)

そしたら、参列者はお母さん含めて二人だけだったとの事。
「あんな寂しい葬式はない」とは、マミちゃんのお母さんの感想。


絵に描いた様に見事な因果応報っぷりである。


色々と素敵なトラウマを与えて下さりやがった園長だが、
今となっては「貴重な体験をどうも~」と、
むしろ感謝している自分もいなくなくはなくはない。


園長のご冥福をお祈り    は、しないしない。




しかし園長は許せても、鈴木副園長だけはどうしても許せない。
あの冤罪の果ての土下座は、思い出すと未だに胸のこの辺りと頭のこの辺りがキリキリする。

会ったら復讐してやりたいけど、多分もう絶対的に会えないと思うので
ここで復讐しようと思う。

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ド完~!
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by kurukurupaaaa | 2008-02-13 06:55 | 先生  

地獄保育園④

園長には一人息子がいた。
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息子は、保父さんではなかったと思うが、
掃除等、園内の雑用係りとして働いていたようだ。
(残念ながら名前は覚えていない)

彼は園長とはまったく正反対の真人間で、
いつもニコニコしていて、しかも子供好き。
あの園長の性器から出てきたとは到底思えない、
絵に描いたような好青年だった。

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なので、園児達からも大変慕われていた。

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俺が鈴木副園長の餌食になっている時も、
仲裁に入ってくれたりして、何度となく助けられたものである。
俺も園長の息子の事が大好きだった。



普段は温厚な息子だが、すごい剣幕で園長と口論している場面を何度か目撃した覚えがある。
閉園間近の薄暗いホールや教室で、大の大人が大声で怒鳴りあっていたのだ。
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大人が大声でケンカしているという恐ろしい場面に
当時の俺は見てはいけないものを見てしまった様な感覚に陥り、
ビクビクしたものである。

どんな事で口論していたのかは知らないが、おそらく
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こんな内容だったのではないかと推測する。





で、そんなある日。




























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園長の息子が、中庭で変死する。

死んだ現場を目撃したわけではないので、詳細は知らないが、
掃除中の突然死(という説明)だったと記憶している。

今作ったネタだと思われるのは非常に心外なのだが、
ホントのホントに死んだんです。
昔出した『青春ヒヒヒ』という単行本の下巻の巻末の履歴書に
「昭和59年・園長の息子が園内で変死する」としっかり書いてあるので
持ってる人は確認して欲しい。
そのくらい本当に死んだんです。



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翌朝の朝礼で、初めてその事実を知らされる。

まだ『死』という概念があやふやな4、5歳の頃に、
昨日までピンピンしてた園長の息子が「死にました」とか聞かされても
皆、目が点である。
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園長は園長で、自分の息子が死んだというのに、
他人事の様にサラりと発表するし・・・。


朝礼が終わった後、仲間達と「多分園長が殺したんだよね」とか「毒殺だよきっと」とか、
笑いながら話のネタにしてた俺達も怖いが、それは愛嬌。
だって保育園児ですもの。


まあ、多分園長が殺ったんだろうけど。













終わり。


























ませんよ、まだ。
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by kurukurupaaaa | 2008-02-09 18:00 | 先生  

地獄保育園③

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昼食後の自由時間は、園児達にとって束の間の心安らぐ時間である。
俺は中庭に出て、仲間達と共に砂遊びに興じていた。

しかし、そんな心安らぐ掛け替えの無い時間も、
鈴木副園長の叫び声によって、一瞬にして恐怖の時間へと変化した。












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「今から雷太君を焼却炉に燃やしに行きます!!!」

同じく中庭で遊んでいた雷太君が、鈴木副園長に捕まってしまった。
雷太君とは、ホールで俺より先に土下座をさせられていた、あの雷太君である。

恐らく、何かイタズラをして、それが副園長にバレてしまった為か、
もしくは以前の様に冤罪か、はてまた生理からくるイライラの八つ当たりか・・・。
生理は終わってるから無いか。

詳しい事情は知らないが、兎にも角にも雷太君は副園長の餌食になってしまったのだ。

「助けてー!!!僕を燃やさないでー!!!」

雷太君の断末魔の叫び声が、園内にこだまする。

他の仲間達も、

「副園長先生、雷太君を燃やさないであげてー!!」

と、泣きながら懇願している。

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この時の状況と心情を、俺は鮮明に記憶している。
俺は、副園長に担ぎ上げられる雷太君の事を、真下から見上げていた。
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そして俺の視線は、泣き叫ぶ雷太君から、
その後ろに広がる綺麗な青空へと移っていったのだ。

目の前の恐ろしい現実から、その後ろに広がる美しい空の彼方へと
俺は逃避したのだ。

おそらく、これが俺にとって人生初の現実逃避であろう。

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雲ひとつ無い、抜けるような青い空と、園児達の泣き叫ぶ声。
この二つは水と油で、通常混ざらないと思うのだが、
この日は見事に混ざり合っていた。

俺は自由時間が終わるまで、青い空をボ~っと見続けていた。




あの日雷太君がどうなったか知らないが、雷太君とは中学まで一緒だったので
燃やされずに済んだのだろう。

雷太君は、小学校時代はいじめっ子。中学校時代はいじめられっ子。
今は秋葉系のオタクになっているらしい。(同窓会に出席した友人情報)

なんだか、かなり波乱に富んだ人生を歩んでいる様な気がするが、
それも全てこの保育園のせいだろう・・・。


























































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by kurukurupaaaa | 2008-02-02 16:37 | 先生  

地獄保育園②

「今から消火訓練を行います。全員中庭に集合しましょう」

園長のアナウンスが園内に流れると同時に、園児達は憂鬱になる。
いやだいやだと泣き出す園児も、決まって数名いた。

月に一度行われる消火訓練は、地獄そのものだった。

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中庭に出ると、その中央に激しく燃え盛る缶が置かれている。

何を燃やしているのか知らないが、鼻を突く嫌な臭いが辺りに漂い、
数名の園児はゴホゴホとむせ返っていた。

だが、この時点でむせ返ってる様な低レベルな園児どもは、
この消火訓練を乗り切れない。
本当の地獄はこれからなのだから。

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園児達が全員集合したのを見計らい、
鈴木副園長は缶に向かって勢いよく消火器を噴射する。
すると、たちまち白い煙がモクモクと立ち登り、園内は
あっという間に煙に占拠される。

消火訓練の行われる中庭は、四方が建物に囲まれており、
煙が充満しやすい状況になっていたのだ。
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息も吸えないし、目も開けない。
煙だけでもキツイのに、この臭いが尋常じゃなかった。

缶で燃やされていた何かと、消火液の二つが混ざり合い、
想像を絶する異臭を発するのだ。
起こしちゃいけない化学反応を起こしているとしか思えない。
今でもあの臭いは鮮明に覚えているが、例えようのない臭いである。
なので例えない。


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異臭と白煙に、園児達は大パニック。

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地獄絵図と化したその様子を、園長は屋上で嬉しそうに見つめているのだった。



耐えかねた一部の園児達は、逃げ出そうと出口に向かう。
しかし、そこを鈴木副園長が通せんぼ。
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ハンカチという名の最強の防具を所持している副園長は、無敵だった。
(園児達はハンカチを持つ事は許されない)

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保母さんは、自ら泣きながらも、懸命に園児達を励ましている。

もはやこんなの訓練でもなんでもない。
ただの火事である。

俺も最初のうちはこの異臭と白煙にパニックに陥り、ひたすら泣き叫ぶばかりだったが、
3回目くらいで生き延びる方法を発見した。

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身をかがめ、建物の下端にわずかに残っているきれいな空気を吸って
難を逃れたのだ・・・



こんな保育園が、どうして問題にならずにいけしゃあしゃあと営業できていたのか
不思議でしょうがない。

まあおそらく、園児達は親に密告できない程、園長に畏怖していたのだろう。
密告した事がバレたら何されるかわからなかったし。

事実、俺もそうだったし。






まだつづくし。
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by kurukurupaaaa | 2008-01-29 05:05 | 先生  

地獄保育園①

これからお話するエピソードは、以前、あるインタビューでも答えたのだが、
それももう読めないと思うので、ここでもう一度詳しく振り返ろうと思う。
今現在の人格を形成する上で、かなり大きな(マイナスの)影響を与えられたと思われる、
正真正銘、ホンモノのトラウマである。



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物心ついた時、俺は地獄にいた。

地獄とは、俺がその当時通っていた保育園の事である。
この保育園の園長と副園長は、狂っていた。

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園長は60過ぎの白髪ババアで、鈴木副園長は50歳くらいの図体のデカい怪力ババア。
園長の命令にヘコヘコと従う、権威主義者だった。

この二人は園児の事を『玩具』としてしか見ておらず、暴力は日常茶飯事。
言うことを聞かない園児は、縄でグルグル巻きにされたり、
下半身だけ裸にされ立たせたり、挙句の果てにはニワトリ小屋に閉じ込められたりと、
精神的にもかなりキツイ仕打ちをされたものだ。

園長と副園長のターゲットは園児だけに留まらず、若い保母さんもその餌食となった。

よく朝礼の時に、皆の前で大声でののしられ、泣いてしまった保母さんを
園児が励ます光景を覚えている。
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普通は逆だと思うのだが、この保育園においては
見慣れたいつもの光景になっていた。



ある日の夕方。

「とおる君、園長が呼んでるから一緒にホールに行きましょう」

鈴木副園長に、そう声をかけられた。

嫌な予感はしたが、逆らう訳にもいかず、
副園長に連れられて薄暗いホールへ向かった。












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そこには先客がいた。

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同じクラスの雷太(らいた)君が、泣きながら園長に土下座していたのだ。
全く状況を飲み込めなかった俺は、目が点である。

だだっ広いホールに、雷太君の嗚咽が響き渡る。

園長が口を開いた。

「とおる君と雷太君が、中庭のシーソーで遊んでいる所を、副園長が見たというのです」
「あのシーソー、工事中で危ないから遊んじゃ駄目って言いましたよね?」

俺は遊んでないので素直に「僕は遊んでません」と答えた。

この当時の俺はまだ純粋で、それなりに正義感もあった。
泣きながら土下座している雷太君に向かって、こう問いただした。
「雷太君、キミは本当にシーソーで遊んだの?」
「遊んでないなら素直にそう言ったほうがいいよ!」
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雷太君は俺の問いに答えず、ひたすら泣き続けている。

すると園長、
「じゃあアナタは、副園長が嘘をついているとでもおっしゃるのですか?」

「はい」


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俺は副園長に髪の毛をつかまれ、冷たい床に頭を押し付けられた。

力づくで、無理矢理土下座をさせられたのだ。


「・・・すみませんでした」


オトナに対する得体の知れぬ恐怖心が、俺の口から謝罪の言葉を吐かせた。

『暴力』 『土下座』 『無実の罪を償わせる』
幼い子供にしてはいけないワースト3ではなかろうか。

それらを同時に味わった俺。
心の中で、何かがピキリと音を立てて崩れ去った様な気がした。

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俺を見下す園長の目は、完全に悪意に満ちていた。

おそらく、シーソーの件なんて完全なでっち上げだろう。
俺たちに土下座をさせる為だけに呼び出したに違いない。










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「この保育園、あぶねー」

自信が確信へ変わった瞬間だった。






つづく。
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by kurukurupaaaa | 2008-01-24 05:07 | 先生  

池田先生

小・中・高校を通して、断言できる事が一つだけある。

俺に教師運は、無い!!!

下記で触れたF野先生、O先生は突出してクズだったが、
それ以外の教師も、まーー絵に描いた様なクズばっかだった。
今振り返ると、殺意を覚える程に。

しかし、一人だけ感謝している先生がいる。
それが池田先生。

そんな池田先生との、ちょっといいエピソードを振り返る。

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小4の時の担任の鬼ババア、N井先生が、ある日皆にこう警告した。

最近、校庭と校舎の間にある、ボールよけのフェンスによじ登って遊ぶ生徒が増えたからだ。

N井先生は非常に厳しい先生で、ちょっとした事ですぐ往復ビンタをしたり、
罰として漢字の書き取りを何10ページとさせたりと、かなり厄介な先生だった。

そんな先生からの警告だから、従わざるを得ないのは当然だ。








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しかし俺は、その直後の休み時間に、即よじ登った。
理由などない。登りたいから登ったのだ。
そこにフェンスがあったから登ったのだ。
子供とは、そういうものである。


運悪く、その様子を目撃した同じクラスの女子の密告によって
俺の行為は難なくN井先生にバレてしまう。


その後の授業は地獄と化した。


N井先生はすごい形相で俺をののしり、思いっきり往復ビンタ。
3往復はしたと記憶している。

挙句の果てには、「清野はどうしてフェンスに登ったのか」というテーマを儲け、
皆に討論させる始末。
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俺は黒板の前に立たされ、終始その討論の様子を傍観していた。
すごい羞恥プレイだ。

確かに、登ってはいけないフェンスに登った俺も悪い!!
でも、そこは小4!!!
チン毛も生えちゃいなけりゃ女性器の形すら知らぬ、しょうがっこうよねんせい!
笑って許して♪って話だろうが!!




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そして俺は、廊下に立たされた。
羞恥プレイの後は放置プレイである。

教室から漏れる楽しげな笑い声が、俺の孤独感を三割ほどアップさせた。

普通、教師が小学生を廊下に立たせる場合、せいぜい一つの授業が終わるまでだと思うのだが、このN井先生の立たせっぷりは、生半可なものではなかった。

俺が立たされたのは、午前10時半くらい。

その後の授業も立たされ続け、給食の時間も立たされ続け、俺は飢えと喉の渇きと戦っていた。
子供が給食を抜く事は、すなわち餓死に直結する。

N井先生の行為は、完全なる廊下法違反である。



5時間目の授業が始まる13時過ぎ。
俺はまだ立たされていた。

するとその時。
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廊下の向こうから、誰かが歩いてきた。

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1・2年の時の担任、池田ひろ子先生だった。

1・2年時の俺は、それはそれはタチの悪いクソガキで、毎日の様に級友とケンカしたり、
授業中に「先生~セックスってなんですか~?」とか質問したり、
池田先生には大いに迷惑をかけた。
ちなみにその時の俺の質問に対する池田先生の回答は

「それは小学生が使ってはいけない言葉なのよ」

大正解である。


そんなかつての担任に、立たされてる所を見られるのが恥ずかしかった俺は
顔をプイと背けた。
「どうしたの?」とか、色々聞かれるのも嫌だったし。

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擦れ違い際に池田先生は







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何も言わずに俺の頭をなで、笑顔でニコッと微笑んでくれた。

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池田先生は、そのまま廊下の先に消えていった。

N井先生からののしられたりビンタされたり立たされたりしても、
まったくもって泣かなかったのだが、この時は少し泣きそうになった覚えがある。

「え?うそ?なにコレ・・悲しくもないのに、アタイってばなんで泣きたくなるんだろう?」的な。

この時池田先生が俺の頭をなでてくれなかったら、
俺は完全にグレていたかもしれない。

仰いで尊い、ただ一人の恩師、それが池田先生といえよう。











その後もコソコソとフェンスに登った事は、言うまでもない。
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by kurukurupaaaa | 2007-12-23 03:25 | 先生  

O先生

高校の卒業式を終えた数日後。

何気なく見ていたワイドショーで、見覚えのある顔のおじさんが
レポーター陣に囲まれて、半ベソかきながら謝罪している。

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そのおじさんの正体は、何を隠そう我が高校の校長だ。

俺はおったまげた。
つい先日、笑顔で卒業証書を手渡してくれた校長が、
テレビで半ベソかいているのだから・・。

それを見た高校の友人から、即電話がかかってくる。
「清野!テレビ見てるか!?校長が泣きながら謝罪しているぞ!!」
「見てる見てる!!」

事の成り行きは、こうだ。
うちの高校のO先生が、大蔵省(現・財務省)の官僚と一緒に
大麻を吸って逮捕されたのだ。
その官僚と知り合ったキッカケは、なんとホモダイヤル。
つまりO先生は、ホモだったのだ。


うちは男子校・・・。


男子校の先生が、ホモの時点で十分アウトなのに、
それプラス大麻だがらゲームセットである。(人生が)
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     ↑O先生

不幸中の幸いだったのは、一緒に大麻を吸った仲間が
大蔵省の官僚という事で、報道はそっちに重点を置かれて
O先生の影は薄まった。

しかし、ザ・ワイド内で有田さんがO先生を名指しで辛口で批判していたのは、
不幸中の幸い中の不幸であったといえよう。

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高校在学時、俺がこのO先生と直接関わった事はないが、
休み時間によく廊下で生徒と楽しげに相撲をとっていたのを覚えている。
周囲の生徒はワイワイ盛り上がっていたが、
俺は妙な違和感を覚えたものだ。
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あと、ニュースで使われた先生(容疑者)の顔写真は
卒業アルバムの部活の写真だったのだが、
クラスメイトの駒沢君が、容疑者(先生)の隣でモザイクかけられて写っていて
笑い転げた。
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それを見た高校の友人から、即電話がかかってくる。
「清野!テレビ見てるか!?駒沢君がモザイクかけられて写っているぞ!!」
「見てる見てる!!」




この事件は、98年の3月下旬か4月の上旬くらいに起こった事件なので、
今度図書館行って、調べ直してみる事にしよう。









・・・と、その前にネットで調べたら、それらしき情報が出てきた。
以下、ネット上より拝借。

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前大蔵省課長補佐ら覚せい剤逮捕で「ホモ報道」再び
MILK Vol.3 1998/03/22

 今月19日までに警視庁薬物対策課と三田署は、ゲイ専用の伝言ダイヤルで知り合った男性に覚せい剤を密売していたとして、会社員の★★真和容疑者(38)、及び客の前大蔵省課長補佐・★恭司(42)、私立高校教諭・小★裕治(37)、フィギアスケートコーチ・★★文裕(42)、無職・★★裕二(34)の5人を覚せい剤取締法違反容疑(所持)で逮捕した。これを受けてスポーツ紙やワイドショーなどを中心に、「ホモ」という言葉を見出しやリード部に積極的に取り入れる「ホモ報道」が、ちょうど1ヶ月前の有森会見のときと同様に繰り返された。

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この、私立高校教諭・小★裕治(37)こそO先生である。






























あおいだところで、尊くもなんともない。
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by kurukurupaaaa | 2007-12-19 04:15 | 先生  

F野先生

高校の時、俺はインターアクトクラブという、訳の分からない部活に所属していた。
いや、正確には所属させられていた。

本当は帰宅部に入って、一刻も早く家に帰りたかったのだが、
担任の増田先生から「なんでもいいから、部活には必ず入れ!」とか言われ、
半ば強制的にねじ込まれたのがこのインターアクトクラブである。

活動内容は、ボランティア活動を通じて、地域の人々や他校の生徒との交流を計り、
社会性を養う・・・みたいな感じだったが、実際にやらされたのは学校の掃除だけである。
ふざけるな、である。
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で、この部活の顧問が、F野先生である。

F野先生は、鬼の様に厳しい先生だった。
ちょっと部活に遅刻しただけでも俺の頭をグウで殴り、大声でののしるのだ。

「時間にルーズな奴は社会に出たら通用しないぞ!」
だの
「人に言われずして行動する!それこそがボランティアの基本理念だろう!?」
だの
「今は疎ましく思う俺の説教も、いずれはありがたく思う日が必ず来る!」
だの、まー正論好きな先生だった。

こんな調子のF野先生だから、部活をサボった日などはもう大変。
家に直接電話を掛けては電話口で説教を始め、
その翌日には更に長い説教をネチネチネチネチ・・・。
うんざりだった。
仕方ないので俺はインターアクトクラブに真面目に(なフリして)出席する事にした。
といっても構内の掃除を、てきとーにして帰るだけだが・・・。

そんなある日の通学時、トンデモナイ場面を目撃する。


この高校は赤羽のド真ん中にある男子校で、俺は実家から自転車で通っていた。
F野先生は自慢の外車、ブルーのスカイラインで学校に通勤しており、
その通勤姿は、自転車に乗りながら何度か目撃した事もあるし、追い抜かされた事もある。

トンデモナイ場面とは、








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F野先生が通勤時、俺の目の前で思いっきり中学生を轢いたのである。

俺はF野先生の死角に身を潜め、ワクワクしながらその様子を伺うことにした。
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車を止め、すごい勢いでドアを開け、飛び出るF野先生。

そしてこの時とったF野先生の行動こそ、現在の俺の価値観をつかさどる上で、
非常に大きな影響を与えてくれたと思う。
F野先生がとった行動・・・・それは













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土下座である。


被害者の中学生の体をいたわる事もなく、まず土下座である。
高校でボランティアの顧問をしている教師が、土下座である。
たかだか遅刻くらいで散々俺をののしった教師が、土下座である。
車道で、土下座である。

幸い、中学生は軽症で、すぐに立ち上がり
「大丈夫です・・・」と言い残して、そそくさと立ち去って行った。

F野先生は何事もなかったかの様に車に乗り込み、通勤を再開させた。



その日の昼休み、学校の駐車場にF野の愛車・スカイラインを見に行くと、
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人を轢いた形跡がしっかりとボンネットに残されていた。


その後も、些細な事でF野に呼び出されては、説教を受けたが
俺は奴を見下しまくっていた。
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こんな人に俺を、いや、生徒を、いや、人を叱る資格なんてないと思ったからである。











あおいだところで、尊くもなんともない。
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by kurukurupaaaa | 2007-12-14 02:34 | 先生